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まっどさいえんちすと

日本語が苦手なのでブログで練習します。パエリアが大好き

北斎の最後

北斎富嶽三十六景のイメージを知りたいなら

富嶽三十六景の金谷の浮世絵で

北斎と広重を比較してみるとわかる。

 

北斎は100人以上描いている。結構イマジネーションのまま。大井川をわたるのが大変だということが結構わかる。

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広重は、人物が小さい。色はたくさん使っているけど。見た目通りキレイに書いているという印象を受ける。

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北斎の最後ではないけど、富嶽三十六景の最後の絵って案外知られてないですが、これです。

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富士山はどこに描かれているでしょうか?

諸人登山というものです。富士山に登っている人を書いてる。そのまんまを書いてるわけですね。

これはユニークですよね。

 

絵の道を極めようとした北斎富嶽三十六景は70歳のときに書いている訳ですね。

75歳のときに富嶽百景というのも実は書いてたりする。102図に描き分けている。

その巻末に北斎はこう書いてる

「70歳以前に描いたものは、実に取るに足らないものだった、90歳になったら奥義を極められて、100歳になれば、極められるだろう。」

そしてここで雅号をあらためる

画狂老人卍というふうに。ストイックですねー。

 

その後は富士山や浮世絵を離れて肉筆画を書きました。

弘法大師修法図と言います

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そして最後の作品

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黒い雲の中で龍が動いている。

 

てかなんで富士山を描いたのか。

一説には、富士山は不老不死の象徴だから70歳のときにお祈りしながら書いたとも言われてます。ただ長生きしたいというわけではなく、素晴らしい絵描きになるために時間をください、ということだったわけですね。

広重、国芳、海外のアーティストに影響を与えた浮世絵界の帝王だったわけですね。

死に際には

「あと10年、せめて5年の命があれば、本物の絵師になれるのだが」と言ったそうです。

マジでストイックですね。

 

嘉永2年、お亡くなりになりました。

90年の生涯、画狂人

 

かっこよすぎや。