まっどさいえんちすと

日本語が苦手なのでブログで練習します。パエリアが大好き

春が来る、そう春画から歌麿さんへ

留年がかかっている試験が明後日です。しかし欲が。。。

春画がふと目に入ったので、ちょっと春っぽいと書きます。

 

今日は喜多川歌麿さん。

 

そもそも春画って1P目は、もろにエッチなページじゃないんらしいんですね。

その時代の検閲が1P目だけ見ているので、春画は基本的に2P目からが勝負なんですね。

(現代のえろ本も同じ?)

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これは1P目

(2P以降は省略しようか笑)

 

江戸の庶民にとっては、春画は当たり前だったらしい。わ印と言ったりして、

今で言うと、新聞とかじゃないんですかね笑

 

さて歌麿ですが、まあ春画だけで有名な画家というよりも、美人画とかも書いてます。

昼は絵を描いて、夜は吉原で女性たちと遊ぶ生活を繰り返してたらしいです。

実際、吉原の遊女を書いたのは、青楼十二時シリーズです。

 

この辺りから歌麿のオリジナリティみたいなのが出てくる。いわゆる大首絵です。

(上半身にだけ注目する)

 

松平定信寛政の改革で、出版統制が行われて行く中、寛政3年ぐらいに、歌麿パトロンが規制のまとになって、お金がなくなったり、出版自体、カラフルで描くのは、質素を目的に、禁止されて行ったわけです。

 

その時代に、大首絵。色を使わず、背景を白にすることで、大首絵をキレイに書いたんですね。胸像的な。

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婦人相学十躰とか最高ですね

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大首絵が歌麿の地位を確立した次第です。

まあ忘れちゃ行けないのが、浮世絵なんで、版木が凄い。

彫氏が歌麿に書いた以上に、木の上で3Dで起こすんですね。

 

あと歌麿は髪の毛フェチらしく髪の毛の描写が細かい。

 

 

髪の毛と着物の細かいとこまで書いてるところが、女性にも人気があって、今で言う女性ファッション雑誌的な役割もあったらしいですね。

 

難波屋おきた

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もはや社会現象で、この難波屋の女性、おきたに見に来たいという人が街中で現れて、大変だったそうです。

 

もちろん幕府は切れます。社会現象にまでなったからですね。

よって浮世絵に一般女性の名前を出すことを禁じたわけです。

しかしここで歌麿、考えて対抗します。

名前を絵で表す判じ絵で書いてしまう。

 

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右上を注目。絵が名前になっている。

 

さてもちろん幕府もバカではないので、この判じ絵すら禁止にします!!

歌麿は幕府によって、どんどん追いつめられるわけですねー。

 

さて出版業界自体、女性を書くことをあきらめ、役者絵をここで始めます。

しかし歌麿は頑固で、女性を書き続けたいわけですね。

ということで女性が生活する浮世絵を書きます。

何気ない女性に価値を見出して行ったわけらしい。

 

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ふぁ!?