まっどさいえんちすと

日本語が苦手なのでブログで練習します。パエリアが大好き

統計、それは人格破綻者が作った傑作

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下記は奈々ちゃん。統計よりコッチの方が凄いので、よろしくお願いします。

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こんばんわ。ちょっとでも統計に興味をもってもらうべく、少しだけブログ。

この人はフィッシャーです。まあ統計解析の生みの親で、人類最高の知能を持っていた一人です。しかしこの人、やばい。マジで基地の外なんですよ

 

女性差別、優生学思想は当たり前。恨みを一生持ち続けて、他人に厳しく、自分には甘い。ああ、なんて嫌な野郎。

学会にいけば、自分の勢力でない人間に大しては、もういじめるいじめる。

 

まあこんなやつですが、統計が何を教えてくれるか、ということです。

 

はい、お教えしましょう。統計は実は何も教えてくれないんです。

ある理論を提唱したときに、それが「真であることが確からしいかどうか」ということを教えてくれるわけです。

 

「なんで大学3年生になってまで、統計?」と思ってる人。価値観は人それぞれですが、よくよく考えてみると面白いですよ。フィッシャー統計は、

「AならBである。Bではない。だからHである」という論理形式だけど、

これ「確率的に論理していいの?」ってなりません?

 

フィッシャー統計に対する批判の一部を考えてみましょう。

統計を勉強してから読めば、面白いと思います。

 

考えてみましょう。

 

赤玉95個と白玉5個があってそれぞれ内3個には星印がついている.それを壷に入れて1個引く.

そして、有意水準は5%,帰無仮説は「それには星印がない」とする.

いま、引いた1個は,星の有無はわからないが白玉だった.

さて確率を計算すると、するとP(O|H)は2/94となりこの帰無仮説は棄却される.しかし実際にこれに星がついている事後確率P(H|O)は60%にすぎない.

 

あれ?これで棄却されてしまうのか。

そうこういう、帰無仮説の事前確率が非常に高い場合、反帰無仮説のの尤度が高い場合に、論理的な問題になる。

「HばらOである、Oではない、だからHではない」という論理形式を確率で持ち込むから、こういうことになってしまう。

 

更に加えて言うならば、実験結果を、「ありそうか、ありそうもないか」という2種類に分けるということは、データを論理的に弱く変換してしまうこと。それをフィッシャーは平然とやっている。

 

まあだからといって、フィッシャーの有為検定がだめだめ、ということではなく、まあ状況を配慮してから、しっかり使おうね!ということです。

 

下記は奈々ちゃん。コッチの方が大事なので、よろしくお願いします。

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