まっどさいえんちすと

日本語が苦手なのでブログで練習します。パエリアが大好き

臨床の先生との刺激的なディスカッションを通して

本日の薬理学の授業「呼吸器病薬」の先生と授業内含め多くのディスカッションをさせて頂きました。圧倒されました。というのも、先生が物凄く頭が良く、患者のことを一番に考えている上に、生物学ということもかなり理解している先生で、何より授業の一番始めに「今日は君と話す授業にしよう」と告白を受けたからです。本当にありがたいです。

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 さてまず感じたのは研究方針の違いです。僕はもっぱら、医学も知らず、臨床経験もなく、医化学の知識も乏しい阿呆です。やってる研究内容は、「データの本質は良くわからないが、数字から、そのデータの法則や規則性を見つけ出し、数字の世界での本質を考えること」です。

 だから「このデータはこういう方向性を持っているから、この疾患は治りにくい」というのは、全く分りません。そんな僕です。

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 しかし先生の立場は「患者さんに、こういう薬を使って、データを取って、どの薬が良いか、なぜ効かないか、などから分子生物学を考えて、疾患の本質を突き止める」という先生が議論を交わしました。

大きく3つのことを学ばせて頂きました。

 まずはじめに起きた議論は、僕が「肺の癌細胞の取っ掛かりは、その組織の切片をいくつも取ってきて、アルゴリズム走らせて、とりあえずその癌の方向性みたいなのを見てみようよ」と申したら「馬鹿野郎。そんな簡単に肺の癌細胞を取れたら、苦労しないわ。しかも患者さんに、どれだけの負担があるか知ってるのか」と一喝されました。

 僕は医学部で研究するので、「そんなこと知らない」とか絶対言えないし、「患者さんの研究に協力する意志があって、はじめてデータが取れる」という究極的な真実があるので、この点は医学を更に勉強しなくてはいけないと反省しました。

 二つ目ですが、先生からの質問が全て、「臨床的にはどういう意味があるの?」ということに帰着する点です。例えば、僕が「この遺伝子の動きのモデルを多項式で作って、誤差はベルヌーイ分布を仮定してる」と言うならば、その臨床的意味を問われるわけです。これは専門分野を2つ以上またぐ上で、大事な点だと思います。双方の分野にとって意味のあるものが、やはり本質的に意味があるものではないかな、と思います。

 3つめですが、「10年かかって顕著になる癌もある。だから君も10年後、自分が研究しているテーマを模索しなさい」と言われたことです。正直、いまの研究は4年間だけと決めてました。そこに先生が「その後どうするの?その4年をどう活かしたいの?」と言われて、僕は「シリコンバレーに行く」と考えていたのですが、「もっと明確なビジョンを示せるようになりなさい。」と仰られました。

 

今日の授業は、僕にとってだけですが、本当に為になるものでした。自分のような、医学部で計算機科学できるから、という理由でチヤホヤされてる人間に、「君は医学部の中にいるのです。そこからは逃れられない真実なんです。だから生物学の神秘も良いですが、医学も頑張って下さい」と言われ、最近遊び気味の自分に喝を入れてもらいました。

 

取り急ぎまとめ